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執筆者の写真佐是 恒淳

『意次外伝』第一話「醜聞を甚振る」

 夏休みがもう終わります。私は新たな作品を掲載することにしました。今回は、田沼時代の世俗風俗をたっぷりと取り入れた連作集の初めの作品で、馬場文耕を取り上げました。


 馬場文耕は、宝暦年間に活躍した講釈師で、もともと貸本作者として一世を風靡した作家でした。いくつかの作品が残っていますが、生れ、経歴、人間関係など、多くの謎に包まれています。『日本古典文学大辞典 第五巻』岩波の馬場文耕の項が最も詳しい記述とされますが、それとて、わずか1頁です。


 文耕は、貸本作家から講釈師(講談師)となり、毒舌、風刺の利いた芸風が、大人気を取ったようです。次第に、大名の奥向きのこと、御家騒動の内実など、とんでもない醜聞を取上げ、余人の追従を許さぬ質、量の情報を講釈に盛り込みました。果ては、評定所で審議している郡上藩の一揆の件を高座に架けました。江戸の庶民は大名家の内奥の秘密を聞きたさに連日押し掛け、文耕の高座は賑わいました。これが災いしたか、最後は、幕府に捕らえられ獄門の刑とされました。ここまでの極刑を受けた芸人、作者は江戸時代にいません。




















文耕は、若い頃、職を失い売卜で糊口をしのいだ

閲覧数:31回3件のコメント

3 Comments


北薗 洋藏
北薗 洋藏
Sep 03, 2023

佐是様、本作品で江戸時代中期の庶民文化の知識を得ることができそうです。楽しみに読んでいきたいと思います。


最近、初心者向けの近松門左衛門の文庫本を読んだばかりで、江戸時代の芝居小屋の雰囲気を自分なりに思い描いていたところでした。若い頃は見向きもしなかった浄瑠璃や芝居興行などの雰囲気も知りたいと思うのは、やはり歳のせいでしょうか。

江戸時代の庶民世相、芸能などを想像しながら読み進めていきます。

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佐是 恒淳
佐是 恒淳
Sep 05, 2023
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北薗様、

 近松門左衛門をお読みになって、浄瑠璃や歌舞伎にご興味をお持ちのことと伺いました。私も文化史的に興味を持っているのですが、実際に歌舞伎を見たのは天井席の安席の数回程度で、全くの素人です。テレビでも見ることはありません。ただ、小説には重要なネタになりうるかと、いくつか調べたことがあります。


 最近、調べたのは名優の中村仲蔵です。これはテレビドラマでも放映されまし、落語になった有名な話がいくつもあります。小説にも書かれました(『仲蔵狂乱』松井今朝子)。

 特に、『仮名手本忠臣蔵』五段目で、斧定九郎を新しく、黒羽二重に献上博多帯の濡れ姿で演じて評判となりました。これは、明和3年9月9日、市村座、尾上菊五郎のお名残興行に打った公演のことでした。明和三年といえば、田沼の時代で、作品になるかと思いましたが、難しくて手に負えません。落語でも素晴らしい噺が語られ、私ごときが書くのはおこがましいと思ってしまいます。


 その前は、『青砥稿花紅彩画あおとぞうしはなのにしきえ』の日本駄右衛門を調べたことがあります。この盗賊は実在で、実際には日本左衛門と称し、浜松から掛川近辺を派手に荒らしまわりました。これをうまく取り締まれなかったために掛川藩主の小笠原家は懲罰的に棚倉に転封になりました。延享年間のことで、吉宗はまだ存命ですが、家重はすでに将軍となり、意次も小姓として仕えていた時代です。日本左衛門の話は、近くネットに掲載予定の次の小説に書きました。

 

 日本左衛門から、きっと「雲霧仁左衛門」が構想されたのだと思いますし、火付盗賊改として日本左衛門捕縛に活躍した徳山五兵衛か、あるいは時代は下った長谷川平蔵と比較し、「鬼平犯科帳」が誕生したのでしょう。いろいろの要素が絡み合って、歴史が形作られ、そこから文化が生まれる面白さを感じています。

 

 また、北薗様の御近況をお報せください。つい駄弁が過ぎました。

                           恒淳     


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