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執筆者の写真佐是 恒淳

『将軍家重の深謀-意次伝』第二章八節

更新日:2022年10月28日

 第二章八節「新貨を吹く」では、明和二年、田沼時代の初新貨、明和五匁銀が登場します。従来の銀貨は重量がまちまちの銀塊に過ぎませんでしたが、この新貨は定位銀貨(一個5匁)で、秤量せずに使えました。金貨(小判)も銅貨(寛永通宝)も一個がそれぞれ一両、一文で、秤量は不要です。銀貨だけが定位銀貨でなかったのです。貨幣史上、画期的な試みで、勘定吟味役川井久敬の献策と言われています(『日本貨幣物語』久光重平)。

 銀貨は重さがまちまちで秤量が必要ですが、いちいち秤量するのでは不便です。そこで、大黒常是が、秤量した銀貨を適宜組合せ紙に包んで署名し、定位貨幣のようにして流通していました。これを常是包といい、紙を破って中を確認する人はいなかったようです。金貨の小判も後藤庄三郎によって百両単位で紙に包まれ、後藤包といいました。


 日本は、一国の中で、金、銀、銅の三貨に相場が立つという変わった国でした。今、騒がれている円安ドル高のようなことが国内で起きるのです。それは、統一的な制度を行き渡らせ、商業、生産業を活性化し、経済を成長させて税を取ろうと目指す田沼らには、不都合に見えました。そこで三貨の間で相場が立たないように、もっと言えば、幕府の公定した比率で常に流通する仕組みを目指します。今後意次らは、明和五年に寛永通宝真鍮四文銭、明和九年に南鐐二朱判を発行し、貨幣経済のインフラを整えていきます。真鍮四文銭の写真は前回のブログの写真でご紹介しましたので御覧ください。


 このころ仙台藩主伊達重村の派手な猟官運動が始まりました。贈賄する目標は主に三人、老中首座の松平武元、御側御用取次の田沼意次、大奥御年寄筆頭次席の高岳です。意次が選ばれたことによって、仙台藩から実力者と見られたことがわかります。その三人の対応を見れば、従来言われたように意次を収賄政治家と見ることは無理があると大石慎三郎先生が指摘されました(「田沼意次に関する従来の史料の信憑性について」日本歴史 24~33 237号 昭和43年2月)。意次は賄賂を欲しがらない、むしろ迷惑に思っていたように見えます。典拠は伊達家文書という一級史料です。


 では、意次が、清廉と言わないまでも、殊更に欲得がましい政治家ではなかったのなら、何故、意次は収賄政治家と悪評を立てられるようになったのでしょうか?誰がどのような意図で意次に不名誉なレッテルを貼ったのでしょうか?いくつもの疑問が湧きます。それは小説後半の主たるテーマとなります。






閲覧数:21回2件のコメント

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2 Comments


北薗 洋藏
北薗 洋藏
Jun 27, 2022

投資経験が皆無と言っていい私は相場観に疎いので、頭を使いながら読み進んでいます。以前「大君の通貨」という小説で、たしか金・銀・ドル相場の動きを必死で理解しながらやっと読み終えたことを思い出しました。江戸に集めた銀で単純に貨幣改鋳益を目指すものと思っていましたが予想が外れました。一つひとつの施策を理解しながら読み進んでいこうと思います。

賄賂政治家と言われた田沼意次の本来の政策の狙いがどこにあったのか楽しみです。

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佐是 恒淳
佐是 恒淳
Jun 28, 2022
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北薗さま、

 コメントありがとうございます。

 『大君の通貨』で幕末の国際通貨事情を書いた佐藤雅美は、経済史を歴史小説に持ち込んだ慧眼の作家だと思います。『江戸の税と通貨』(改題して『将軍たちの金庫番』)、『田沼意次 主殿の税』など、私もおもしろく読みました。コロナの始まる前、2019年秋に亡くなったのは残念でした。

 小説ではありませんが、『経済で読み解く明治維新』(上念司)も、肩のこらないスタイルで、結構、高度な経済史をまとめた好著だと思います。経済史をテーマにした歴史小説や読み物がたくさんあって、経済学を学ばなかった私はついていくのがやっとです。


 田沼意次を賄賂政治家ではなかったと書くなら、その根拠を示さなければならないと思いました。大石先生の論文は、学術的に、広範な事象を上げて、賄賂政治家だったはずがないという論調で書かれた立派なものです。次に問題となるのは、では何故、賄賂政治家と言われなければならなかったのか、だれがどのような手法で賄賂政治家とのレッテル貼りをやったのか、大きな問題に突き当たるテーマです。

 『田沼時代』(辻善之助、初版1915、岩波文庫1980)で、綿密に考察されましたが、賄賂政治家だったというニュアンスは払拭されず、『田沼意次の時代』(大石慎三郎、岩波現代文庫)で、はっきり賄賂政治家ではなかったことが書かれたと思います。アカデミアにおいても、賄賂政治家だったという評価を変えるのに随分、時間がかかったように思います。


                                  恒淳


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